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原告 準備書面(4)


平成21年(ワ)第2957号 損害賠償請求事件
原 告 伊 藤 啓 子
被 告 社会福祉法人名北福祉会

原告準備書面(4)

2010年10月8日

名古屋地方裁判所民事第6部合議係 御中

原告ら訴訟代理人弁護士 岩  月  浩  二
同       弁護士 中  谷  雄  二

 本準備書面は、我が国における障害者の雇用に関する権利及び政府の雇用政策を述べた上で、現在、様々な形で取り組まれている障害者雇用の取り組みを紹介する。さらに、本件の争点でもある知的障害者の逸失利益について参考になる判決が名古屋地裁半田支部及びその控訴審である名古屋高裁において出されたので、最後に、その判決にも触れるものである。

第1 障害者の働く権利
 1 日本国憲法27条1項は、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」と規定し、すべての国民に対し、基本的人権として労働権を保障している。この「すべての国民」の中に、障害者も含まれることはいうまでもない。問題はこの労働権の具体的中身である。憲法27条1項で保障されている労働権については、一般に単なる「労働の機会」の保障にとどまらず、人間労働の尊厳性の一具体化として「雇用選択の自由」が保障されている必要があるとされる。その権利保障の具体化のために、①雇用情報を知る権利、②就労権、③生活保障の権利などが存在するとされている(片岡昇「労働権の理念と課題」季刊労働法100号16頁)。
 2 これらの労働権の理念と内容は、障害者にも妥当するものではあるが、障害者の労働権の内容を検討するにあたっては、障害者が障害をもたない労働者との間の機会及び待遇の実効的な均等を図るために必要な特別な積極的措置を受ける権利も含められなければならない。障害者の場合、雇用機会の平等保障といっても、働く意欲と能力があっても、障害をもつことを理由に、あるいは障害そのものに対する偏見や誤解を理由として、雇用の場に就く機会すら与えられないことが多いからである。このような障害をもつことを理由とする雇用上の機会の平等に関する差別は、①国連A規約の2条2項、6条2項、②ILOの「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」(ILO111号条約)1条、2条、③同「雇用及び職業についての差別待遇に関する勧告」(ILO111号勧告)、④日本国憲法14条1項の各規定に照らして許されない。しかし、障害者の場合には健常者と異なり、ハンディキャップやバリヤが就労の種々の段階に存在し、それらを埋めるための特別措置が不可欠だからである。そしてこの点について、ILO159号条約4条は、「障害者である労働者と他の労働者との間の機会及び待遇の実効的な均等を図るための特別な積極的措置は、他の労働者を差別するものとみなしてはならない」と規定している。
 以上より、我が国の憲法及び条約上も障害者は差別なく就労する権利を有しており、その障害を埋めるための特別な積極的措置が法律上も要求されているものと解すべきなのである。

第2 障害者雇用関係法令の内容
 1 このような障害者の労働権実現のための立法として存在するのが、①障害者基本法②職業安定法③職業能力開発促進法④高齢者雇用安定法、及び⑤障害者雇用促進法などである。
 このうち①②⑤について簡単にその内容をみていくこととする。
 2 障害者基本法は、その3条において「すべて障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとする」(3条1項)と規定し、第2章「障害者の福祉に関する基本的施策」において、国及び地方公共団体に対し、障害者の福祉に関する基本的施策の一環として、雇用保障にかかわる次の6つの施策を義務づけている。
 ①障害者がその能力に応じて適当な職業に従事することができるようにするために、その障害の種別、程度等を配慮した職業指導、職業訓練および職域に関する調査研究を促進すること(14条)、②障害者の雇用を促進するため、障害者に適した職種または職域について障害者の優先雇用の施策を講じること(15条1項)、③障害者にっかんする各種の判定及び相談業務が総合的に行われ、かつ、その制度が広く利用されるよう必要な施策を講じること(16条)、④障害者が障害者の福祉に関する施策に基づく各種の措置を受けた後、日常生活または社会生活を円滑に営むことができるよう指導助言をする等必要な施策を講じること(17条)、⑤14条に定める職業指導等の施策を実施するために必要な施設を整備するよう必要な措置を講じること(18条1項)、⑥18条1項に基づき整備される施設に、必要な員数の専門的技術職員等を配置すること(19条1項)、である。
 3 職業安定法は、雇用対策法と相まって、「公共に奉仕する公共職業安定所そのほかの職業安定機関が、関係行政庁または関係団体の協力を得て職業紹介事業等を行うこと、…により、各人にその有する能力に適合する職業に就く機会を与える」こと(1条)を目的としている。この目的達成のために政府の業務の一環として、すべての求職者に対し、迅速に、その能力に適合する職業に就くことをあっせんするために無料の職業紹介事業、および必要な職業指導を行うことを規定する(5条3号、5号)。これに加えて、障害者に直接関わる施策として、厚生労働大臣は、「身体又は精神に障害のある者、新たに職業に就こうとする者、中高年齢の失業者その他職業に就くことについて特別の配慮を必要とする者」に対して行われる職業紹介及び職業指導の実施に関し必要な基準を定めることができること(16条)、および公共職業安定所は、「身体又は精神に障害のある者、新たに職業に就こうとする者その他職業に就くことについて特別の指導を加えることを必要とする者」に対し、職業指導を行わねばならないこと(22条、施行規則16条)を定めている。そして、職業安定法施行規則16条では、「職業安定局長は、身体又は精神に障害のある者に対し特別の職業指導を行う必要がある場合においては、公共職業安定所を指定して身体若しくは精神に障害のある者に対する特別の職業指導に関する事項を専掌する部門を設置…することができる」(7項)とし、身体又は精神に障害のある求職者は、その者が関心を有し、かつ身体的および精神的能力ならびに技能にふさわしい職業に就くことができるようにするために、職業安定局長によって指定された公共職業安定所の専掌部門において、「特別な奉仕と紹介技術」をもった職業指導を受けることが権利として保障されているのである。
 4 障害者雇用促進法は、「身体障害者又は知的障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置、職業リハビリテーションの措置その他障害者がその能力に適合する職業に就くこと等を通じてその職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に」(1条)講じることを、その直接の目的としている。この目的から明らかなように、この法律が障害者に対する具体的な雇用保障施策を定めた立法の中核的位置を占めるものである(甲42)。障害者雇用促進法は、障害者の雇用の場を保障するための施策として、「割当雇用」方式を採用している。この制度は、①障害者雇用率制度、②身体障害者または知的障害者の雇い入れに関する計画制度、③障害者雇用納付金制度の三つの柱からなっている。
 障害者雇用率制度とは、事業主等に対して、一定の雇用関係の変動がある場合(新規雇入、解雇等)には、その雇用する労働者中にしめる身体障害者または知的障害者の割合を一定率(法定雇用率)以上にすることを義務づける制度である(現行雇用率は、民間企業1.8%、国及び地方公共団体2.1%))。
 身体障害者または知的障害者の雇い入れに関する計画制度とは、厚生労働大臣は、①雇用率未達成の事業主に対して、雇い入れ計画の作成を命じることができる。②作成された計画の内容が著しく不適当であると認められる場合には、その変更を勧告することができるともに、事業主が計画の実施について怠っているなど特に必要があると認められた場合には、計画の適正実施の勧告をすることができる。③事業主が正当な理由無く、計画変更の勧告、適正実施勧告に従わない場合には、その旨公表することができる制度である。
 障害者雇用納付金制度とは、雇用義務を履行している事業主とそうでない事業主との間に生じる経済的負担の面での不平等を調整するために、雇用率未達成の事業主から納付金を徴収し、これを身体障害者または知的障害者を雇用する事業主に支給される調整金、報奨金及び上記障害者の他に精神障害者を雇用する事業主に支給される各種の助成金等の財源にあてるためにもうけられた制度である。納付金徴収の対象となるのは、常時300人以上の常用労働者を雇用する雇用率未達成事業主である。
 そして障害者雇用促進法が定める職業指導、職業訓練、職業紹介などの職業リハビリテーション・サービスの提供機関が、①公共職業安定所、②障害者職業センター(甲43、甲44)、③障害者職業能力開発校、④障害者雇用支援センター等である。

第3 障害者雇用促進政策
 1 以上のような障害者雇用に関する法規制の下で、我が国政府は、平成5年3月22日「障害者対策に関する新長期計画-全員参加の社会づくりをめざして-」を策定し、障害者雇用対策の内でも、「重度障害者に最大の重点を置き、障害者が可能な限り一般雇用に就くことができるよう、障害の特性に応じたきめ細かな障害種類別対策を総合的に講ずることを基本方針として、その雇用・就業の場の確保に向けて、着実かつ計画的に試作を推進する」ことを障害者雇用・就業に関する方針を打ち出した(甲45号証1頁)。重度の知的障害者については、法定雇用率について重度身体障害者と同様に特例(1人を2人とみなして算定すること)を適用することとし、第三セクター方式による重度障害者雇用企業の育成、重度障害者多数雇用事業所の設置促進を推進してきたが、一層これらの施策の充実強化を掲げている。さらに、重度障害者については、「生活に密着した地域レベルにおいて、雇用部門と福祉部門さらには教育部門が緊密な連携、協力を図りつつきめ細やかな職業リハビリテーションを実施する。また、障害者が働きやすい施設・設備等の職業環境や通勤・住宅等の障害者の職業生活にかかわる社会環境を整備すること等により、障害者の職業的自立を進めることが重要であり、そのための支援策を強化する。」という方針を打ち出している。
 2 さらに政府は、平成11年8月13日閣議決定した「雇用対策基本計画」において、障害者雇用対策を以下のように打ち出している。
 「働く意欲と能力を有するすべての障害者が、その適性と能力に応じ、障害のない人々とともに自然に働けるような社会の実現を目指し、関係機関との連携の下に、就業面・生活面を通じた一貫した支援体制の構築を図り、障害者の雇用の促進及び安定のための対策を総合的に推進する必要がある。特に、雇用の立ち後れがみられる重度身体障害者を始め、知的障害者や精神障害者の雇用の促進を図るための取り組みを促進する必要がある。」
 このように政府は一貫して重度障害者及び知的障害者の雇用の促進を掲げ、「障害者の社会参加や自立を促進し、安心して就業に挑戦できるよう、養護学校等の在学中から障害のある生徒の職業自立を一層促進するとともに、障害者が雇用の分野と福祉の分野を円滑に移行できるようにする等、福祉、医療、教育等地域の関係機関のネットワークの形成を積極的に推進し、障害者が地域で生活しながら働き続けるための就業面・生活面を通じた総合的な支援体制を整備する。」(甲46)としていた。
 このような障害者の社会参加、自立の促進は、その後も障害者施策の中心理念として位置づけられ、障害者自立支援法(この制度の応益負担については厳しい批判にさらされ、制度の変更を政府は約束したが、社会参加、自立の促進の理念そのものは、現在、検討中の新制度においても引き継がれる見通しである)でも中心的な理念として引き継がれた。

第4 障害者雇用をめぐる様々な取り組み
 1 いかなる重度の障害をもった障害者にも雇用を保障しようと全国で様々な取り組みが続いている。
 (1)けやきの郷
 甲39号証で辻井正次教授が触れているように、重い障害者でも働ける場を提供しようとして、埼玉県川越市に重度自閉症者の専門施設を設立し、福祉向上、通所授産施設、グループホーム4と大規模に重度障害者の労働の場を提供し続けている。実に利用者95名中、90%が自閉症者であり、そこには最重度、重度、中度の障害者が働き、幼児期・児童期に起こしていた問題行動が、障害特徴を捉えた指導により、生活場面、作業場面でも自分から動くようになり、コミュニケーション、対人関係の改善が報告される例など単なる働く場の提供にとどまらない発達保障の場としても機能している(甲47)。
 (2)スワンベーカリー(甲48)
 障害者に月給10万円を支払うことを掲げ、売れる製品を作ることによって障害者の雇用(全国で282名、うち7割以上が知的障害者)を生み出している。次々に全国的に店舗を増やし、障害者雇用の場を生み出している。
 2 愛知県における取り組み
 (1)このような取り組みは他県にとどまらない。愛知県内でも積極的に取り組まれている。社会福祉法人むそうがある知多半島はその中心である。全国各地からのその取り組みの先駆性に惹かれて多くの見学者が訪れている。
 (2)愛知県半田市に本部をおく社会福祉法人むそうは、半田市全域に各種の店舗を構え、そこでは障害者自身がラーメンをつくり、注文を聞き、パンをつくり、陶芸や絵画などを販売し、行政や病院などと一緒にそば屋や喫茶店などを営んでいる(甲49)。地域の人も数多く訪れ、障害者の労働の場というこれまでのイメージが一新されるような積極的な取り組みを行っている。
 この法人は、障害者自身が何をしたいかという希望を第一に置き、それを実現しようとしていることに特徴がある。多くの仕事を見て回った障害者が、「今日、みた中でどんな仕事をやってみたい」と聞かれ、「ラーメン屋」と答えたのを受け止め、一般の人に来てもらえる障害者の作る「ラーメン屋」をつくろうと、注文を聞いてから出すまで、通常以上に時間がかかっても延びない麺を探し、意気に感じた料理人が協力を申し出て、レベルの高い味を作り出し(現在では障害者自身がラーメン作りも注文も聞いている)、昼時には、一般の住民が数多く立ち寄る店として成り立っているのである。
 3 今後の障害者の就労可能性
 まだまだ不十分とはいえ、様々な積極的取り組みの成果によって現時点でも障害者の新しい雇用の場は生み出されており、そのイメージも下請け仕事だとか単純作業などにとどまらない分野まで発展しているのである。障害者の発達可能性がきわめて大きなものであること、それに加えて政府の積極的な障害者雇用政策、併せて多くの関係者の創意あふれる努力によって、障害者雇用の場は、今後も一層広がるものと思われる。昨日までの知識やイメージ(偏見)によって、就労可能性を判断するのは誤りである。

第5 知的障害者の逸失利益をめぐる最近の判決
(1)中度の知的障害者について、17歳女子の平均賃金による逸失利益を認めた事例(甲50-名古屋地裁半田支部平成22年3月24日判決、甲51-名古屋高裁平成22年9月14日判決)
(2)上記判決の特徴
 事故当時64歳の中等度の知的障害を有する被害者が加害者運転のトラックに足を轢かれ、片足を切断するに至った。この逸失利益をどう考えるかが最大の争点であった。加害者側は事故当時64歳であり、知的障害により事故時まで稼働せず、親族に扶養されていたのであるから、逸失利益はないと主張していた。しかし、裁判所はこの主張を以下のような理由により退けて逸失利益を認めた。
 判決が、逸失利益を認めたのは、家族の一員としての家事の分担を超える家事労働に従事していたと認定して、逸失利益を認めたものであるが、過去において一度も給与を得ることのできる労働に従事したことはなく、将来においてもその可能性は年齢等をみても存在しない。被告は、これまでの判決にみられるような幼児、年少者の将来の発達可能性もないという事案であると指摘していた。しかし、判決は、これらの主張を退け、「基礎収入は、原告は自分で仕事の段取りをつけるのではなく、指示を受けるまま作業していたことが推認できること、原告の上記業務ないし家事の内容、従前の就労状況に照らすと、平成18年賃金センサス・産業計・企業規模計・女性・学歴計の17歳以下の給与月額11万8800円を基礎とするのが相当である。」として、17歳女子の平均賃金を基準とした逸失利益を認めた。これは、家事労働に従事していたという点に救済可能性を求めて逸失利益算定の不合理性を修正しようとしたものと評価できる。これまでの判決例が、逸失利益を認める場合でも最低賃金を基準としていたのに、それを是正し、17歳とはいえ平均賃金を基準にした点でも、逸失利益問題についての不合理さ、差別を是正しようと司法の裁量を働かせようとしたものである。この地裁判決は、高裁でも維持され、確定した。
(3)本件においては、この事例に比較して年少者であり今後の発達可能性や就労可能性はあった事案である。これらの点を考慮して上記判決のごとく、障害者の逸失利益問題についての不合理さや差別を是正しようという姿勢を発揮されたい。

以上



(太字装飾追加、他原文ママ)