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原告 準備書面(6)


平成21年(ワ)第2957号 損害賠償請求事件
原 告 伊 藤 啓 子
被 告 社会福祉法人名北福祉会

原告準備書面(6)


2011年2月14日

名古屋地方裁判所民事第6部合議係 御中

原告ら訴訟代理人弁護士 岩  月  浩  二
同       弁護士 中  谷  雄  二

第1 本準備書面の趣旨
 本書面は、甲53号証に基づいて発達支援の臨床的観点から亡晃平の就労可能性を明らかにするものである。
 甲53号証は、発達障害児の発達支援に取り組む日本心理教育研究所の創設に関わり、爾来20年以上にわたって自閉症児を初めとする発達障害児の発達支援に取り組んできた藤本由紀子氏による専門的な鑑定意見である。
 甲53号証は、亡晃平の4歳3ヶ月から死亡した15歳11ヶ月まで、担任と母親である原告伊藤啓子との間で交わされた膨大な連絡帳を初めとする諸資料及び亡晃平死亡時の状態についての複数の能力検査(原告伊藤啓子から聴取)に基づいて、あくまでも具体的な事実に依拠し、その積み重ねの中から臨床家としての経験を踏まえて結論を導き出したものである。
 この専門意見書の示す結果は、豊富なデータと豊富な臨床経験に裏打ちされた極めて貴重なものであり、御庁には是非、ご精読をお願いしたい。
 本書面では、その骨子に関して述べる。

第2 基礎資料
 専門意見書を作成するに当たり、藤本由紀子氏が使用した資料は以下のとおりである。
1.就学前記録として、名古屋市通園施設「千代田学園」在籍中の担任と母との連絡帳(4歳~就学まで)
2.就学後記録として、在籍した名古屋市立守山養護学校小学部、中学部、高等部1年2学期(死亡前日の平成19年12月21日)までの担任と母との連絡帳
3.同上「あゆみ」(通知票)(甲57)
4.同上、指導要録および個別の指導計画書等(甲40)
5.愛知県中央児童相談所の心理判定書
6.上記、千代田学園時代のクリスマス会、運動会当日のビデオ(3本を1本のDVDに編集)(甲56)
7.平成22年10月、亡晃平の母と藤本由紀子氏との面談によって聴取した資料(「乳幼児発達検査KIDS」および[S-M社会生活能力検査]による聴取)(甲54・甲55)

  第3 検査結果に表れた亡晃平の能力の特徴
 以下の諸検査は、亡晃平が無くなる直前について、母である原告伊藤啓子から聴き取った結果に基づくものである。
1 S-M社会生活能力検査
 社会生活年令の最も高いものが「身辺自立」であり、その次の高さを示すのが「自己統制」、引き続いて「作業」である。
 いわゆる「重度」とされる自閉症児が情緒と感情をコントロールできず、「自己統制」は、ことごとく1歳~2歳台であるのに比べ亡晃平の検査結果は著しい特徴を示している。
 亡晃平が情緒・感情の安定を獲得して自己統制を身につけたのは、中学部に入って初めて複数年にわたって同一の担任の指導を受けるという機会を得て、一貫性のある指導を受けたことを基礎に、中学部3年から高等部1年にかけて長足の進歩を示した結果である。
2 乳幼児発達検査KIDS
 亡晃平は、同検査の対象領域とされる9領域の内、ほとんどが1歳台を示す中、運動能力が最も高い3歳2ヶ月を示し、個人内の能力差の内、飛び抜けた結果を示している(その他で1歳台を超えるのは、しつけの2歳3ヶ月)。

第4 作られた重度障害
1 発達分野分析の概要
 藤本由紀子氏は発達分野を11分野に分類した上、小学部以降の発達過程を以下のように分類している。
Ⅰ.発達の順序性からみて比較的うまく伸びていた、そして伸びつつあったこと
   A.食に関することについて
   B.運動能力について
Ⅱ.せっかく伸びかけていた発達の芽が、次年度の指導者に引き継がれなかったために後戻りしてしまい、またはじめからのやり直しを繰り返しているもの
   C.移動について
   D.着席行動について
   E.排泄行動について
Ⅲ.障害児教育の専門性の欠如により、誤った反応で処理されたため、改善されず、相当な苦痛を与えてしまったと考えられること
   F.感覚あそび(主として砂いじり)について
   G.背後からのかかわりについて
Ⅳ.個別の課題設定とステップアップ方式での治療教育の恩恵あれば、発達が促進されたであろうと推測されること
   H.ハサミ等の操作能力について
   I.音声(発声)について

2 要旨
 上記発達分析において藤本由紀子氏が指摘する主たる着眼点は以下のとおりである。
(1)千代田学園当時に見られた発達の芽
一つは、就学前の千代田学園在園当時の亡晃平について、重度自閉症児とは考えられない姿と順調な発達の模様を連絡帳とビデオ、担任らからの聴取等から確認できること。ここには確かな発達の芽が育っていたこと。
(2)小学部在学中の停滞ないし後退
 二つは、それにも拘わらず、大半の発達分野において、亡晃平の生活能力は停滞し、場合によっては後戻りをしていること。
(3)指導の一貫性の欠如
 三つは、こうした停滞や後退が生じるのは一年ごとに担任が代わり、指導の一貫性が保たれていなかったためであること。とくに極めて多様な個性を示す自閉症児の教育に当たっては、継続性が極めて重要な意味を有すること。
「通常教育、特別支援教育を問わず、担任が毎年変わる状況では、自閉症グループの児童への十全な教育は不可能であろう。児童と教育との擦りあわせが可能となるのは、11月を過ぎたあたりであり、三学期になると、やっと相互に信頼が取れた活動が可能となる」が、また、担任が変わることで「新学年に大混乱となるのである。」(「発達障害の子どもたち」杉山登志郎)(甲53の1・5頁)
(4)専門性の欠如
 四つは、発達障害児に対する専門知識がなく、普通教員免許で養護学校の教諭となることができる制度の不備である。健常児においては、特に意識的に教育しなくとも自然に身に付くことも、発達障害児については、専門知識に基づく特別な発達支援が必要である。たとえば、発語やハサミ切りの指導、あるいは感覚遊びの自制について、亡晃平はついに十分なレベルに達することなく、「重度」自閉症児として扱われ続けてきた。
 しかし、藤本由紀子氏は、亡晃平が適切な支援教育により発語、ハサミ切り、感覚遊びの自制を身につけクリアできたことは確実であるとする。意見書が述べる指導内容は極めて具体的であり、作業・行動分析は科学的な知見に裏付けられたものであって、説得的である。そうした論述の中で、たとえばハサミ切りについて、「本児は楽しく10のステップ(一人で、自在に紙を切ること・代理人注)を見ることは可能なはずであった。私は治療教育20年を超えるが、臨床の現場において、ステップ4まで育っていたクライアントがついにハサミの使用不可であったというケースを一例も知らない」(15頁)としている。亡晃平はステップ8までをクリアしていたのであり、亡晃平がが一人でハサミを使用することができるようになるのは容易なことであった。
(5)亡晃平の潜在的な知的能力の高さ
 五つは、亡晃平の潜在的な知的能力の高さである。知的能力に関する項目は甲53号証の2のKの項目にまとめられており、亡晃平が指示に従うことができる様子が記載されている。また、甲53号証の1では、排泄行動を分析する項で、亡晃平が5歳児の頃から言葉による指示に従うことが可能であったことや、場合によっては機転を利かして自ら行動した模様など数々のエピソードが明らかにされ、亡晃平の知的能力の高さを示している(6~7頁)。
 これらの事実は、亡晃平が潜在的には相対的に高い知的能力を有し、少なくとも本質的に重度知的障害児や重度自閉症児ではなかったことを示している。
(6)亡晃平が無発語であった原因
 六つは、I音声(産出)について、亡晃平には少なくとも二語文、三語文レベルの表出は可能であったことである。ここで藤本由紀子氏は、音声産出が「人間にとって最も高度な運動である」(16頁)ことを具体的に明らかにし、亡晃平の運動能力の高さから亡晃平に発語能力があったことを論証する。また、「ことば」が人間にとって意味する思考、伝達、意思疎通、行動制御の4段階の内、亡晃平がボディランゲージにより3段階までをクリアしていた知的能力に注目し、適切な発語指導を受ければ、亡晃平は必ずやしゃべることができるようになった筈であるとしている。
(7)「重度障害」はレッテルに過ぎないこと
 七つは、亡晃平に貼られた重度自閉症児とのレッテルは、結局のところ、発語ができないという一点に由来しているということである。
「多くの心理検査が対面し、言語指示によって、その正答を求めての、判定というものである限り、指数として、検査不能、即「重度」と判定するという大きな問題がここにあるわけで、何度も繰り返すが、本児の「発達」が、あたかも認められず、将来的にも促進されることはないであろうと見る思想は、いわば、障害を持たない側の勝手なものさしを振りまわすだけのことなのではないか・・・言語をもたない故に、言語をもっての検査に応じられなかっただけのことで、言語を駆使する側の人間の余りな勝手で、本児ら、言語障害児たちは「重度」「最重度」などのレッテルをはりつけられているにすぎない。」(17頁)
(8)障害児教育の欠陥
 八つは、こうした指導・教育の不連続性や担当教諭の専門性の欠如は、障害児教育の制度的な欠陥によるものであって、決して個々の教員に帰すべき問題ではないということである。
 「専門性は低いレベルにあり、それは程度の差こそあれ、養護学校から通常学級までの共通した状態である。その結果、就学前療育の成果が教育につながらず、学年進行に伴う教育の一貫した積み上げは崩壊し、卒業就労を見通した教育の組み立ても十分ではない。教育のこういった状況は、発達障害の子どもたちの社会的自立を阻む大きな問題となっているのである。」(発達障害者支援法ガイドブック.76頁)
 就学前通所施設では順調な発達を示していたにも拘わらず、就学後、発達が停滞した亡晃平に貼られた「重度」の烙印も帰するところ、こうした障害児教育の制度的欠陥によるものに他ならない。

第5 結論
1 事故死前の急速な発達
 第4において述べたとおり、M-S社会生活能力検査によれば、亡晃平は「自己統制」が4歳3ヶ月と相対的に高い値を示した。また、作業も3歳台と「身辺自立」「自己統制」に続く高い値を示している。
 これは、中学部3年から高等部1年にかけての系統的な教育の成果であった。
 意見書は、「情緒、感情のコントロール」と「手を使う=作業の実態」に注目して中学部3年、高等部1年の「個別支援計画」を具体的に検討し、中学3年時点において情緒の安定の兆しが生まれ、また作業遂行の萌芽となる変化が生まれ、これが高等部1年で急速に情緒の安定と、作業の成立に結びついていった状況を具体的に検証している(20~23頁)。
「生前に一度もで会っていない晃平君の姿をイメージするには、記録の精査、そして晃平君を知る家族、学級担任の先生方からの聞き取り、それらをくり返した結果、本児は中学部3年から、死亡の高等部1年の12月までに、目を見張る発達を見せていた。」(23頁)
「人が、仕事を為すための、必要不可欠の力「視覚認知力」「異同弁別力」「分類能力」「操作のための目と手の協応能力」「持続力」「実践力」これらの力が、高一の晃平君には、獲得、もしくは獲得されつつあったとみることができよう。高等部入学後わずか、250日間(1学期~2学期まで)にも満たない日々に、このように発達の芽は、大きく太く成長しはじめていたのだ。」(23頁)
 こうした急速な発達は、将来における就労の可能性を強く示唆するものである。

2 意思交換能力
 就労するのには当然、就労先との意思疎通が必要であろう。この点、「S-M社会生活能力検査」による亡晃平の意思交換能力が1歳台に止まっており、就労には障害が伴うかのようにもみえる。
 しかし、前記したとおり、亡晃平は指示を理解して行動することが可能であり、また、ボディランゲージにより、伝達・意思疎通が可能であったことを踏まえれば、この結果は、もっぱら亡晃平に発語がほとんどなかったことによるものというほかない。
 したがって、亡晃平が適切な言語治療を受ければ、容易に二語文、三語文を獲得することができたことは前記したとおりである。
 すなわち就労に必要な意思疎通を図ることは将来的に十分に可能であったといえる。
(亡晃平の家族は、高等部入学前後から亡晃平が何か言いたげにしている様子を度々、目にしていた。家族は、亡晃平がもうすぐしゃべるようになるかもしれないと強い期待を抱いていたが、家族の実感は、専門的知見でも裏付けられたというべきである)

3 障害者就労支援へ向かう法的・社会的環境
 障害者の就労を取り巻く法的・社会的環境は大きく変わりつつある。このことは、亡晃平の将来の就労可能性を検討する上で、欠かすことができない視点である。この点についてはすでに準備書面(4)において主張したところであるが、意見書は、ジョブコーチの制度に触れて、具体的に亡晃平の就労の姿を描き出している。ジョブコーチとは、障害者が作業するに際して、介助の必要性を見極めて介助をしながら、障害者が単独で作業できるまで指導・援助する者である。ジョブコーチはすでに関東地方を中心にモデル事業が実践され始められていたが、平成17年「障害者の雇用の促進等に関する法律」改正法が障害者を雇用する企業が就労支援のために職場適応援助者を置くことを定め、平成22年度から、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構の障害者職業総合センターによって、ジョブコーチの養成が実施されるようになり、本格的に始動しつつある。
 このように障害者の就労環境が整えられる中、ジョブコーチの支援を受けながら、亡晃平が一般企業において就労する姿を想定することは容易である。
 藤本由紀子氏は「ここで晃平君が、成人期にあると仮定して、このジョブコーチのもと、例えば、クリーニング工場勤務を想定してみよう。『ハンガーに、洗いおえたワイシャツをかける』作業である。どんなに機械化がすすんだとしても、この作業だけは、人の手によるしか成りえない世界。20歳前後の晃平君の社会進出は、おそらく、このようなシンプルで、目にみてわかりやすい職種において、その就労生活が展開されたであろうと思われる。」(24頁)として、その姿を具体的かつ現実的に描写している。
 そして、亡晃平は、「この時代、知能レベルの高い人ほど敬遠してしまう、シンプルで、目にわかりやすい、手仕事レベルの労働をコツコツとこなす勤労者として存在したであろう。」(26頁)と結論づけている。
 こうした単純な繰り返し作業では、むしろ自閉症の特徴とされる「行動、興味、活動が狭く反復的で常同的なパターン」が優位にすら働くであろう。
 障害者の就労機会が広がりつつある現在、亡晃平が、将来、一般企業において手仕事レベルの仕事に就労した蓋然性は高かったものといわなければならない。

(改行、太字装飾追加、他原文ママ)